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コンテンツと社会


久々に宇野常寛ゼロ年代の想像力』を読み返した。

ゼロ年代の想像力 (ハヤカワ文庫 JA ウ 3-1)

ゼロ年代の想像力 (ハヤカワ文庫 JA ウ 3-1)

一番印象的だったのは、宇野さん流の社会反映論というか、みんなが見たり聞いたりしているコンテンツは社会の動きを肯定したり否定したり改善を促したり、とにかくなにかしらの反応から生じているというスタンス。
この手法って、ここ半年から一年くらい、結構リアリティを持っているなあということを思った。社会について否が応でも考えてしまうような作品が増えたような気がなんとなくするなあっていう。

ところで、高校生時代に初めてこの本を読んだときに、こうした社会反映論的な読解にものすごく惹かれたことをおぼえている。
いまはそれ自体にはなにも思わないけれども、当時はなんでだかわからないけれども、とにかく鮮烈な印象をもった。


なにせ、ゼロ年代の後半、高校に馴染めなかったぼくは2ちゃんとはてブにどっぷり浸かっていて、偏差値が高校入学時の半分くらいになって浪人生活に突入。
浪人生活も宅浪だったから社会との接点はこうした著作にしかなくって、ていうか著作も別にちゃんと読めてたとは言えないしネットばかりやっていて、ほんとダメな人間だった辛い……とかなんとか書いているとキリがないのでやめる。
まあ要するに、十代後半の自分にギリギリ色彩の感覚を与えていたのが、宇野常寛さんや東浩紀さんの書く文章──また、いまでは説明が難しいけれど、ふたりの周辺にあった異様な熱気を伴うコミュニティやムーブメント──だったということだ。つまり、この宇野さんの本は青春の一冊だ。

今回読み返してみて、そうしたエモを取っ払ってもふつうに読めるなあと思って面白かった──かなり変わった本だとは思うけど。
宇野さんの最近の動きはよく知らないので、今度調べてみようと思った。

なんとなくそういう気分になったので、この本を読むような気分で読んでいた本を数冊紹介。

東浩紀ゲーム的リアリズムの誕生

いま読んでも超すごい。いい批評文にはよくあることだけれど、紹介されている作品よりこの批評文のほうが面白いんじゃないかと思うものもあったほど。

濱野智史アーキテクチャの生態系』

これを読んでSFCに入った──結果的に後悔してないから良かったけど判断自体は単に狂っていたと思う。

ised 情報社会の倫理と設計』

大学に入っておそらく最初に読書会をやってそこで読んだ本。入学直後に出版された(もちろん既にウェブで読んでいたけれど!)。

ised 情報社会の倫理と設計 倫理篇

ised 情報社会の倫理と設計 倫理篇

ised 情報社会の倫理と設計 設計篇

ised 情報社会の倫理と設計 設計篇