フラれたとき友人に言われたこと


だいぶ前にある女性にフラれて傷心しきっていたとき、友人が次のようなことを言った。

「きみがさ、そういう気持ちになるのもよくわかるんだな。かなしくって、なにもできない? そうだね、そう、なにもできないだろうよ。いままでちゃんとね、こう、やってたわけなんだから。そうなるよ、ふつう。でもまあ考えてもみたまえよ、あの女が……そうだな、これから10年とか経ってだよ? ブクブク太って、スウェット着て、テレビ見ながら煎餅ボリボリ食って、牛乳飲んでたら、どうだよ? そんなやつにやってやることなんてひとつもないね! って。そういうふうに考えればいいと思うんだな」

これは文章にすると圧倒的にひどい話なのだけれど、言われたときに謎の啓示を受けたような気分になった(上に書かれた文をぼくが支持しているわけではない)。
そして、そのとき自分が感じたことは──内容的にはなんの関係もないのだけれど、次の文章を読んだときの印象に似ていた。

「とにかく、ある晩、放送の前に、ぼくは文句を言いだしたことがあるんだ。これからウェーカーといっしょに舞台に出るってときに、シーモアが靴を磨いて行けと言ったんだよ。ぼくは怒っちゃってね。スタジオの観客なんかみんな最低だ、アナウンサーも低脳だし、スポンサーも低脳だ、だからそんなののために靴を磨くことことなんかないって、ぼくはシーモアに言ったんだ。どっちみち、あそこに坐ってるんだから、靴なんかみんなから見えやしないってね。シーモアはとにかく磨いて行けって言うんだな。『太っちょのオバサマ』のために磨いて行けって言うんだよ。彼が何を言っているんだかぼくには分からなかった。けど、いかにもシーモア風の表情を浮べてたもんだからね、ぼくも言われた通りにしたんだよ。彼は『太っちょのオバサマ』が誰だかぼくに言わなかったけど、それからあと放送に出るときには、いつもぼくは『太っちょのオバサマ』のために靴を磨くことにしたんだ ── きみといっしょに出演したときもずっとね。憶えてるかな、きみ。磨き忘れたのは、せいぜい二回ぐらいだったと思うな。『太っちょのオバサマ』の姿が、実にくっきりと、ぼくの頭に出来上がってしまったんだ。彼女は一日じゅうヴェランダに坐って、朝から晩まで全開にしたラジオをかけっぱなしにしたまんま、蠅を叩いたりしているんだ。暑さはものすごいだろうし、彼女はたぶん癌にかかっていて、そして ── よく分んないな。とにかく、シーモアが、出演するぼくに靴を磨かせたわけが、はっきりしたような気がしたのさ。よく納得がいったんだ」
ラニーは立っていた。いつの間にか顔から両手を放して、受話器を両手で支えている。「シーモアはわたしにも言ったわ」と、彼女は電話に向って言った。「いつだったか、『太っちょのオバサマ』のために面白くやるんだって、そう言ったことがあるわ」彼女は受話器から片手をとると、頭のてっぺんにほんのちょっとだけあてたが、すぐまたもとに返して両手で受話器を支えた。「わたしはまだ彼女がヴェランダにいるとこを想像したことがないけど、でも、とっても ── ほら ── とっても太い足をして、血管が目立ってて。わたしの彼女は、すさまじい籐椅子に坐ってんの。でも、やっぱし癌があって、そして一日じゅう全開のラジオをかけっぱなし! わたしのもそうなのよ」
「そうだ、そうだ。よし、きみに聞いてもらいたいことがあるからね。……きみ、聴いてる?」
ラニーは、ひどく緊張した面持で、うなずいた。
「ぼくはね、俳優がどこで芝居しようと、かまわんのだ。夏の巡回劇団でもいいし、ラジオでもいいし、テレビでもいいし、栄養が満ち足りて、最高に陽に焼けて、流行の粋をこらした観客ぞろいのブロードウェイの劇場でもいいよ。しかし、きみにすごい秘密を一つあかしてやろう ── きみ、ぼくの言うこと聴いてんのか? そこにはね、シーモアの『太っちょのオバサマ』でない人間は一人もどこにもおらんのだ。それがきみには分らんのかね? この秘密がまだきみには分らんのか? それから ── よく聴いてくれよ ── この『太っちょのオバサマ』というのは本当は誰なのか、そいつがきみに分らんだろうか? ……ああ、きみ、フラニーよ、それはキリストなんだ。キリストその人にほかならないんだよ、きみ」
サリンジャーフラニーとゾーイー』より

フラニーとゾーイー (新潮文庫)

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どこにでもえらい存在はいる。見ようによっては、不気味だけど。