3月1日, 3月2日のXD Exhibition 2014に新刊『Rhetorica#02』を出展します


直前ですが告知です。

本日3月1日, 明日3月2日にCATALYST BA(二子玉川)で行われるXD Exhibition 2014「結像~くらべてかさねてむすぶ展~」に『Rhetorica#02 特集:DreamingDesign』を展示します。

新刊の正式な頒布は5月5日の文フリを予定していますが、今日明日のXD展に来れば一足早く読めちゃいます。

こんな感じです。
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パラパラとめくってみました。


展示風景。
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今回は中身にも非常に自信があって、個人的にこの本について語りたいことがいろいろとあります。

しかし、現在進行形の修羅修羅ぷりでヘロヘロなので、ひとまず目次と巻頭言全文の紹介で代えさせて頂こうと思います……!!

Rhetorica#02 特集:DreamingDesign

  • 巻頭言:team:Rhetorica「人工物に夢を見せる」
  • 論考:太田知也「Fitter Happier? 〈人間―人工物〉共生系の都市論」
  • 論考:まつとも「ヴァーチャル化とディスポジション――DreamingDesignについてのノート」
  • 勉強会:中村健太郎+まつとも+瀬下翔太「逡巡するアルゴリズム
  • 往復書簡:成上友織+まつとも「いま再び、キャラクターについて」

巻頭言:team:Rhetorica「人工物に夢を見せる」(全文)

『Rhetorica#02 特集:DreamingDesign』では、技術と未来を考える方法としてのデザインを特集している。

僕たちは、自分たちが生きている現実に対して「ありうる」現実のビジョンをぶつける仕方で介入するようなものに出会いたいと常々思っていた。トップダウンユートピアではなく、あくまでこの現実から出発して、この現実の具体的な構成要素を素材として、あれこれと繋ぎ合わせて作られた現実。嘘ではないけど事実でもない現実。

そのような、可能な現実を扱うジャンルは何かあるだろうかと検討してみた。SFやメディアアートなどが思い浮かんだが、どれも自分たちの欲しいものにぴったりと一致するようには思えなかった。そんな折、デザインの近年の諸潮流に出会った。

当初、僕たちはデザインに対して両義的な思いを抱いていた。デザインには魅力的な事例もプレーヤーも多く、人々の生活に深く入り込める可能性を持っている。いまある素材を組み合わせて違う現実を仮構する、というイメージにも合致しているように感じた。しかし同時に、デザインには言葉が足りないとも感じた。デザインにどのような可能性があり、どのように魅力的なのかを語る言葉が思った以上に少なかった。

そこで僕たちは、デザインの可能性を少し掘り下げて考えてみることにした。この雑誌は、デザインの専門家だけで作られているわけではない。思想や建築といった、ばらばらの分野の人間同士で組んで生み出した特集である。だからこそ、それぞれの視点から、デザインの面白さ、そして可能性を掘り下げることができた。
そして、可能性を取り出そうとするあまり、既存のデザインの定義にはおさまりきらないものとなってしまったと感じた。

だから僕たちは、そこに”DreamingDesign”という新しい名前をつけて、外に問うてみることにした。人間の生の条件と、人工物の環境は、いまや深く絡み合っている。その絡み合いを解きほぐし、再び自由に結び合わせることで、別のありえた現実を再構成することができるとしたら、それはまさに白昼夢(ビジョン)だといえるだろう。それは、私たちが環境に対して、そして現実に対して持っていたイメージを変えてしまう。それはまさに、夢に取り憑かれるようにして、自分の生き方が少しずつ変わってしまうことでもある。人工物と人間が、今よりももっと深く共生しあうようになった未来では、そのような夢がもっと前景化して、「単一の現実」のほうがばかばかしい夢のようなものになっているのではないだろうか。

『Rhetorica#02 特集:DreamingDesign』は、4つのコンテンツからなる。

まず、太田知也「Fitter Happier? 〈人間―人工物〉共生系の都市論」は、デザイン史に存在していた刺激的な議論を掘り起こしながら、現代の技術状況におけるデザインの役割を定位しようと試みている。まず、諸人工物のネットワークが取り巻いている私たちの生活環境を〈人間―人工物〉共生系と名付けたうえで、ラディカル・デザインの着想を応用しながら、そうした共生をハッキングするような事例について分析している。また、そうした、人間存在と相互に絡み合っている人工物をハッキングする想像力をさらに先鋭化した潮流として、クリティカル・デザインやスペキュラティブ・デザインの事例も紹介している。これらはまだ日本語での紹介も少なく、本論文は資料としても貴重なものとなっている。

続いて、まつとも「ヴァーチャル化とディスポジション――DreamingDesignについてのノート」は、情報環境を扱った思想家であるミシェル・セールの「ノード/ネットワーク」概念やピエール・レヴィの「ヴァーチャル化/アクチュアル化」といった枠組みを手引きとして、”DreamingDesign”の目標や理論的な射程について議論を展開している。”DreamingDesign”は、環境と人間身体の相互関係を前提にしているが、具体的にそれらがどのように関わりあっているのかを捉えられなければ、それ以上の発展は見込めない。主観の構造のモデルをヴァレリーの時間論から取り出しつつ、態勢(disposition)の習得と変容のメカニスムを解き明かすことで、本当の意味で「効果的な」デザインとはどのようなものか、ということを考察した。

そして、建築を専攻する中村健太郎は自身が開発に携わるツール"ARKHITEKTOME"、そしてツールの背景にある”アルゴリズミック・デザイン"について、それがプロダクトの生産に寄与するという方向性ではなく、人間の創造的な思考を攪拌しサポートするツールとして捉え直そうとしている。本コンテンツは勉強会形式になっており、中村の基調講演に対して松本・瀬下が自身の関心に引きつけて応答を行うという形になっている。特に松本は、記号と分類に関する哲学的な議論の系譜と関連付けながら、"ARKHITEKTOME"の可能性についてコメントを行った。

最後のコンテンツは、批評を専攻する成上友織と、松本友也の往復書簡形式の論考となっている。両者は本誌の前号においても、キャラクター概念についての座談会を行っており、今回も事前に「キャラクター」というテーマを設定していた。実際に出てきた書簡は、それぞれの問題意識が色濃く反映されたものになっており、成上はアニメ『ラブライブ!』をテーマに、キャラクターの存在論的な地位について、直観をフルに活用しつつ議論を行っている。松本は、自身の論考のキーワードでもあった「態勢」概念とキャラクター概念をだぶらせながら、キャラクターを生み出す基盤としてのアイドル、そしてダンスするアイドルとそれを鑑賞する者との間に起こる事態を、反省的に捉えようとしている。

以上が本誌のコンテンツである。率直に言って、ジャンルは多岐に渡っている。興味の湧いたいたものから読んでいただいて構わない。僕たちは本誌の主題について、お互いに何夜にも渡って議論を交わしてきた。直接示し合わせていなくとも、提示されるイメージや語彙は互いに近づきあっている。一つでも目を通していただければ、僕たちがどの方向を向いているかがわかるはずである。DreamingDesign自体にどのような感想を持たれるかはわからないが、技術と思想に関心のある読者にとって、何かしら響くものがあることは自負している。