ヒマな人間、ふやけた時間


高校を休んでパワプロをやって過ごし、浪人してまたパワプロをやって過ごしていたあの頃の時間の流れ方をさっぱり忘れていた。

深夜3時までラジオでアホな話を聴いて、そのあと気怠いまま学校に向かったり向かわなかったりする感じ。

ヒマな学生のはずなのに、だいぶ前から自分と自分の周りの時間がそういうふうに流れなくなってきていて、最近これじゃだめだろうと思った。

弛緩しきってふやけた時間をつくってそれを楽しむことができないようだと、自分の人生はあんまりよくならないのではないかと思う。


最近つくったRhetoricaJournal vol.1って小冊子の中で、まつもとが小学生時代の延々続く外遊びのことをほとんど神話的時間だと言っていた。

あとから思い出しても、あのときあいつがこういうこと言って笑ったよなーみたいなちらほらのエピソードがあるばかりで、記録がつけられるわけでもなく、明確な終わりがあるでもない。神々の時間だ。


このところの自分はそういう時間に対して臆病になっていたように思う。

やたらにパーティー行きたいと思っていたのも、なんだかそういうだらだらした時間がほしくてほしくて、そのわりには日常の中にそれをうまくつくれないがためのものだった気がする。

いつだって、ふいにふやけた時間の匂いが漂ってきたなら、不健康そうなツラでニヤニヤ笑ってそこに入って楽しくやりたい。