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「わかるけどできない」をめぐる


小さい頃イライラしながらこの言葉をよく言っていた。

勉強にしてもスポーツにしてもなんにしても、全体像がぼんやりと捉えられていて理解できた気がするのに、いざやるとなると取っ掛かりを見出せなかったり単純にやる気が出なかったりして、全然できない。

最近はだいぶこういう状況に陥ることが減ってきたように思う。
それでも、慣れない作業だったり疲れていたりしたときに、わかると思ったら全然できなかったということが今もある。


この「わかるけどできない」ということがなんなのかを直接考えたことはあまりないけど、自分の問題関心の多くがこの言葉の周りにあるような気がしている。

実践知に関する議論を追ったり、プラグマティズムの哲学者たちの本を(少しだが)読んでいるのは、「わかるけどできない」という事態について深めることができるのではないかと思っているからだ。

パターン・ランゲージを書いているのも、何かの行為に関する「わかった!」「なるほど!」という感じとその実現方法を表現する手助けをしたいからだ。


今のところは「わかるけどできない」というのはそもそもありえないことなんじゃないか、と思っている(わかるというのはできることを含むようなことかなと思ってる)。

それにしても、この言葉はつい頭に浮かぶんでしまうし、そのときのイライラ感は結構なものだ。

パターンがその答えなのかまだわからないが、わかる感じをできる感じへとスムーズにつなぐような仕組みをつくりたい。