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理由を問う方法(2):来歴を問うて理由を問う


前回、長々と理由を問うことの必要を書いていたら、結局本題に入ることができなかった。

理由を問う方法(1):理由を問うことの必要と負担感 - おどりのようなもの

今回は、前回の記事を踏まえたうえで、「相手が自分の主張をどのような理由で行っているのか」、「どのような理由で主張を正当化できると考えているのか」、そういった通常は「どうして?」「なぜ?」という仕方で問われている点を、よりスムーズに具体的に問う方法を考えてみたい。

理由から来歴へ

結論を先に述べてしまうと、「理由を問う方法は理由を問わないこと」である。
もう少し突っ込んで言うと、「理由を知るためには直接理由を問う必要はない」ということである。

では何を問えばよいかと言えば、相手がその主張に至った「経緯」を問えばよいのである。

つまり、「なぜ?」「どうして?」を使って問うていたことを、「どうやって?」を使った問いに置き換えるということである。


この操作のポイントは、1.問いかけを相手にとってより答えやすいものにしたうえで、2.しかも自分が聞きたいことも聞きだしうる可能性のある問いを立てるようにしたということである。

順に説明する。まず、通常「なぜそう考えるの?」と問われるよりも「どうやってそう考えるに至ったの?」と問われた方が人は答えやすいということだ。

人は自分がそう主張する理由については、明晰に言語化していない場合がしばしばある(このことは主張自体の当否や良さとはあまり関係がないだろう)。
しかし、その主張に至った経緯であれば、答えられることが多い
主張に至るなんらかのきっかけ、あるいはだいたいの流れのようなものは概ね意識化されているものだからだ(真偽はともかく)。

次に、そうしたことを問えば、結局なぜその主張が正当化されるのか、その動機づけがなんなのかについても理解できる可能性へと開かれてゆくということがある。

もちろん、「どうやってそう考えるに至ったの?」という問いは、よくて動機づけを解明することには繋がれども、直接に主張を正当化する理由が得られる可能性はなさそうだ。

しかし、どうやって?の問いへの答えを聞くことによって、相手の主張を正当化する理由を推測する材料が得られる可能性は大いにあるのだ。

推測の材料が得られたならば、後はそうした推測を相手に投げ返してみればよい


まとめれば、「どうやって?」と問うことによって、「なぜ?」「どうやって?」と直接聞いても得られなかったような可能性が、相手と話しながら少しずつ相手の主張の精査を相手と共に行うという共同作業の可能性が、生まれてくるのである。

理由を知るための構え

以上、概ねぼくが理由を知るために優れていると考える問いの立て方・そこからの話の展開のされかたのイメージを簡単に書いてみた。

しかし、書いていて気づいたが、この方法のポイントは、方法それ自体以上に、相手と共に相手の主張を精査しようとする構えにありそうだ。

どういうことかといえば、そもそも相手と一緒に相手の考えをよく吟味するという気持ち(=構え)がなければ、相手の主張を支える理由を明らかにできる可能性が著しく下がるだろうとぼくは考えているらしいと気づいた、ということである。


もちろん、主張を吟味する際に、その主張に対してどのような思い入れを抱いているかということは、原理的にはあまり関係がないのかもしれない(関係があったら困る気もする)。

けれども、現実には、自分が最初から否定しにかかっているような主張に対して「理由は?」と聞いたところで、その理解が得られる可能性は非常に低いと思われるのだ。

否定しにかかっている場合、その理由が主張を十分に支えてはいないのではないか、という疑念ばかりが相手の話を聞いているときに先行してしまうのではないか。


そこで、今回の記事では、

  1. 相手の主張を相手と共に探究する構えを自分が持っているか一度自分に問いかけたうえで、
  2. 相手に対して直接に「なぜ?なぜ?」と言うのではなく「どのように?」という問いでもってその主張に至った来歴を聞きだし、
  3. その来歴から主張を支える理由としてありえそうなものをこちらが推測して相手に投げ返し、応答を待つ

理由を問いたくなった際にはこの三ステップを経由することが大切だという結論になった。

今回の記事の出発点は2と3を述べることにあったのだけれども、実はこれを支える1がなければ2と3はあまり現実には生産的な結果へとつながらない(と書いていて気づいた)。

対立する複数の主張、食い違う複数の理由、それらを少しずつ共同で吟味するというのは、どんな議論でも常に生じる可能性があるわけで、その際に事態を良い方向へと傾ける構えと方法をこれからもブログで考えていきたい。

この記事自体が、実は友達と議論している中で教わったり獲得した知見を多分に含んでいるので、今度は別の記事で具体的にその議論の中身も紹介したい。