カレンダーとタスクリスト


ごちゃごちゃした状況

朝起きて、なんだかだるい。こういうときは家で本でも読んでいたいけれども、用事もあるしとりあえず出かける。シャワーを浴びて家を出て、昼ごはんを食べる。某所でとある筆記テストを受ける。テストが終わったら、家を出たついでなのでSFCに向かう。SFCではぼくが主催している勉強会がある。そのほかに、次のようなことをやらないといけない。「起業と経営」の課題、上山研の発表資料、期限までに出しきれなかった課題の処理、インターンのESを書く。。

上にずらりと並べてみたのは、今日とるべき行動のリストだ。
ただし、このリストには色々なレベル感というかレイヤーのものがごちゃごちゃに書かれている。
ぼくが上に書いたことを実際に進めてゆくためには、無理のない範囲でこれらを並び替えたり重要なものを吟味して、ごちゃごちゃの状態をなくす必要がある。

状況を整理して計画を作ることは楽しい

あちこちのビジネス書とかライフハックのブログとかには、こういうごちゃごちゃした状況を整序し適切に重みづけるような手法が、ときに断片的にときにそれなりに体系的に書かれている。また、PMBOKのようなプロジェクトマネジメントの本にも、個人で使えそうな手法が紹介されている。
ぼくはこういうような計画を立てたり、そのための方法を考えることが好きだった。だから今書いたような本も読む。遡ると小学生くらいのころから「こういう感じで知識を一週間前から積み重ねていけばテストでイイ点数が取れそうだ、一日に取れる勉強時間をもともと入ってる用事を踏まえて考えたのだから現実的だ」みたいなことをニヤニヤ考えるのが好きだった。

しかし、毎度毎度計画倒れに終わることが多かった。しかも、「テストなんか別に点数取れなくてもどうでもいいし知らんわ、勉強したくない」みたいな次元で崩れていた。
何度も馬鹿みたいに繰り返しているとはいえ、計画が脆くも崩れていく修正がきかなくなっていく感じというのはその都度すごく悲しい。だからぼくはそうならんように、高校生くらいのころには、求められる行動を設定してそれを完遂するための手法を色々本とかをパラ見て探してきた。
しかし、あんまり成果は上がってこなかった。

どう考えればいいのか

最近になって、具体的に素晴らしい成果が上がるところにはいかないまでも、なんとなくマシにはなってきた。
とりわけ、整理については自分の納得いくレベルにできるようになった。それによって、自分が重要度が低いと考えたものについては、それができなかったときにさっぱり諦めることができるようになってきた。


それなので、以下では、そのやりかたをまとめておく。
当然ながらこれはタスク管理をしてお金を稼いだり高い生産性(この言葉の意味はよくわかっていない)を発揮している人間のやりかたではない。日本の大学生が社会的に色々なことをしながら忘れっぽい頭と怠惰な身体をひきずりながら生きていく際に用いているやりかただ。


さて、作業の管理がマシになってきた一番のポイントは、計画を立ててそれを実行するっていうことはなんなのか、ということの位置づけが変わってきた点にある。
以前は、「計画を立てるということをどうやったらうまくできるのか」というふうに考えていた。しかし、最近は「計画を立てるということをどうやったら生活の中に浸透させることができるのか」というふうに考えを変えたのだ。
もちろん、以前も計画を立てたりそれを適宜修正したりすることはいちどきにやることではないとわかっていた。日々の暮らしの中に入り込める方法でなければダメなのは当たり前だ。しかし、どうも身体的にはそれがわかっていなかった感じがする。

どうしたらいいのか

考え方を変えた結果として、方法論が変化した。ぼく自身の、多くのフルタイムで働く人間と比べたときの「忙しくなさ」にあわせたシンプルなやり方に変わった(ぼくはヒマな一学部生だ)。
ぼくが自分自身のこれからとる行動を意識化する仕組みは、「予定(カレンダー)」と「期限付きやるべき作業一覧(タスクリスト)」のふたつだけになった。

予定(カレンダー)というのは、ある時間にある場所に行ってあることをしなければならないようなものが入っている。人と会うとか食事をするとか。また、その際の準備作業みたいなものはあまりここにはいれていない。人に会ってなんらかの資料を説明しなければならない場合、その資料について把握する作業はタスクリストに入れられる。
ただし、資料をこの時間までに”絶対に”送付しなければならない場合などはそれについては予定に入れている。なぜなら、もしタスクを消せていない場合には、その時間にぼくは絶対にその作業に拘束されるからだ。もし別の予定がそこに入っていた場合、タスクが消せないと予定はかぶってしまうことになる。これを防ぐために、作業の最終締切は予定に入るのだ。

期限付きやるべき作業一覧(タスクリスト)というのは、予定に入らない様々なこなせばならない作業が入る。空間的な制約がほとんどないものがここに入っていることが多い。たとえばレポートを書くのは移動中以外ならどこでもできる(移動中でさえ結構書けることも多い)。レポート以外の書類作成関連もそうだ。
ちなみに、予定やタスクを細かく分類する作業、おもみづける作業などは方法論的に洗練させていない。直感でタスクリストは作っている。あ、このタスクばらばらにできるなと思ったらそうするだけ。

楽しく過ごす

今のやり方にして、多少できることが増え、できないことを過剰に気にすることがなくなったことはすでに書いたが、このことによって得た一番大きいものは、なによりとにかく毎日毎時間を楽しい気分で過ごせる可能性が向上したことだ。
計画によって、できないことをできることに変えられたときには、非常に気分がいい。あげぽよ感がでてくる。

もちろん、いくら工夫してもしなくても、結局できることはできるしできないことはできないとも言えるかもしれない。そういう考え方をとる人はたくさんいる。
ぼくもかなりそう思う。しかし、こういう考え方をとるにしても、予定やタスクを作ることは意味があるように思われる。それは、できることはできるしできないことはできない、という当たり前の事実に対して、自分がどのように向き合うべきかという材料を得ることができる点だ。
個人にとって適切につくられた予定やタスクをもってして毎日に挑んでいくと、その挑戦が必ずしもうまくいかなかったときにさえ、それを少し冷えた頭で吟味することができるようになる。
予定やタスクリストを作る行為は、ただ単純に目的を効率的に遂行すること以上の意味を持っているようなのだ。

楽しく過ごすことについて書くこと

そもそも、ぼくがここに書いたような内容自体を、より適切に記述する方法がないかなとも思う。
予定やタスクリストを作る行為でなく、そういった行為について記述すること自体にも、「目的遂行の手法について記述すること」以上の意味を持っているように思われる。目的遂行の手法というだけではなく、人生についてなんらかの教訓を与えうるような、そういった書き方があるように思われるし、それに値するテーマであるようにも思われるのだ。


電車内で久々にブログ更新。
今日はうまく書けなかった。ぐにゃぐにゃと色々なことを書いてしまった。
これからこのブログには毎日をどういうふうに過ごすかということを書きたいし、それについての色々な書き方を試したい(たとえば図とかを入れたりしてないから入れたい)。
あわよくば、そうやって色々やっていって過ごした日々が、なにか多くの人がグッとくる成果になったら最高だと思ってる。