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第6回ITS 今井先生講演:認知科学から見た学び


ITSにて行われた今井先生の講演をiPadでメモったのでコッソリ公開。
問題あったら消します。
http://cogpsy.sfc.keio.ac.jp/ITS/index.html

認知科学から見た学び

学びのタイミング

臨界期

  • 生物学→普通の状態であれば発現する遺伝的特性を発現させるためにある種の学習をさせる時期
  • 認知科学→特に人間における言語。

Ex.臨界期に言語を学ばせないと人間の言語能力はチンパンジーとかと同じようなレベルになってしまう。

いつでも自由に文を作って何か言えるみたいな人間の能力は非常にクリエイティヴ。単なる素材をたくさん持っているのではなく、それらの組み合わせを自在にこなせる。そゆことができるってことは、言語について人間は誰もが熟達者であるってこと。

学習のタイムコース

言語能力は10代くらいまでまったく鍛えない場合はいくら専門家が鍛えても手遅れ。
→じゃあ外国語学習は?

あることを熟達するとは、それを無意識に色々とできることを含んでいる。料理、運転。

  • 初心者の英作文:単語、文法、文同士の組み立て、、どれにおいても苦労。
  • 母語:どれも自動的にできる。

→このギャップを埋めることはできるのか?:外国語学習については、臨海期問題よりも、超複雑な言語学習のために長い間多くの量を使うという熟達プロセスを経ることができないもが問題。

知識、概念の変化

割り算、比などの概念は、それをこれから学ぼうとする子供にとって難しいもの。
学習はタブララサから始まらない。既に持っている知識の状態が、学習を促進したり阻害したりする。
特に概念変化を要求する学習においては超重要。教育現場においても、いかに子供にとってむつかしい概念の変化を起こすかは大きな課題。

熟達化

技能、技の熟達
技はどのように習得するか

  • 体で覚える
  • 模倣で覚える

→理論を書物で完璧に覚えても身体で覚えなければ実行できない。
経験を積み重ねることで、技能が自動化し、意識を向けなくても正確に技の遂行をすることができる。

料理の熟達:1.料理始めた大学生、2.ありもので作る主婦、3.有名シェフ、、それぞれ何が違う?
→1と2の違い:無意識に次の作業がわかる、2と3の違い:落としどころがわかってるだけなのと、クリエイティブな素材の組み合わせを思いつくことの違い

人間の計算資源は非常に限られている。特に意識的にやれることは著しく限られている。
→そこで、無意識の領域でできるだけ多くのことを処理してしまうことが重要になる。
→意識的にやれることが増えるから。

だが、、、

熟達はそれだけではない。

熟達とは

  • 注意と情報処理→ポイントに気づき、高速にそれを処理する
  • 記憶→コンピュータが単にデータとして持ってるのと似ているもの。
  • 知識→構造化された記憶。
  • メタ知識→知識をいつどうやって使用するか。「なぜ人間がこの種の知識を持つことができるのか」という問いは認知科学の究極の問題。
  • 直観とひらめき→
  • 創造性→

−−−−−−−−−−これらはすべて練習と経験によって培われる、ゼロからは決して出てこない−−−−−−−−−−

コンピュータと人間の将棋
コンピュータ:パラレルに高速な情報処理
人間:直観とひらめき
ではコンピュータとがもっとも苦手なものは?
あいまいな知識を処理すること。
→子供のぐしゃぐしゃな文章を読む:子供の書きそうなこと、文脈、流れ、、
→"意味"を理解すること。
→知識を超たくさん与えてあげたら?:ダメ。いつその知識を使うのかがわからないから。
単なるでたらめの直観と、まともな直観とひらめきの差

経験の有無、身体で覚えている
→経験、身体にしみ込むって何だろう?:1.物凄くたくさんの訓練や練習をすることによって、2.対象に関して整序された大量の知識、規則を持つということ。

大事な問題

熟達者のメタ認知はどのように身につくのか

  • 自己の知識状態の振り返り
  • 客観的で柔軟
  • 自己評価
  • 高い目標
  • 目標達成への道筋がわかる

生まれつきの才能は必要か?

従来生まれつき必要だとされていた能力の多くは幼少時の集中的な訓練によって獲得されたのかもしれない(Ericsson,1996
ただし、本当に才能が必要ないかは疑問
Deliberate practice

最後に

教育の目標は、学びの熟達者を作ること。
教師の目標は、自分が学びの熟達者になり、同時に「教育」の熟達者になること。
→教育は毎日何が起きるかわからない。その状況状況に応じてベストな振る舞いができること。それが教育に熟達(=創造性を培うこと)するということ。

以上。