読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

広告業界民にオススメの本を聞かれたので10冊選んでみた

知的生産 雑記

f:id:seshiapple:20160802145227p:plain

これから広告業界に入る人に広告で役立つオススメ本を聞かれたので、10冊選んでみた。

とはいえ、ぼくは広告業界で働いたことがないから、ふつうの意味での「広告本」は選ばず、いろいろなジャンルのものにした。
どちらかというと、クライアントとして広告系のひとと関わる機会が増えてきたので、そういう目線になっているかもしれない。

広告本を見ていると、コミュニティをどうつくっていくかという話にやたらと出くわすから、自分がいまやっているような地域活性っていうか、地域コミュニティに関係するような本はヒントになるんじゃないか。
メディアや広告のひとが書いた自伝的なエッセイのなかでめちゃくちゃおもしろいものは、とりあえず読んだほうがいいんじゃないか。
あてはまらない本もあるけど、だいたいはそんなような感じで選んでみた。

菅付雅信『物欲なき世界』

物欲なき世界

物欲なき世界

加藤文俊、木村健世、木村亜維子『つながるカレー』

つながるカレー コミュニケーションを「味わう」場所をつくる

つながるカレー コミュニケーションを「味わう」場所をつくる

伊藤洋志『小商いのはじめかた』

フランク・ローズ『のめりこませる技術』

のめりこませる技術 ─誰が物語を操るのか

のめりこませる技術 ─誰が物語を操るのか

田端信太郎『MEDIA MAKERS』

MEDIA MAKERS―社会が動く「影響力」の正体 宣伝会議

MEDIA MAKERS―社会が動く「影響力」の正体 宣伝会議

井庭崇、梶原文生『プロジェクト・デザイン・パターン』

プロジェクト・デザイン・パターン 企画・プロデュース・新規事業に携わる人のための企画のコツ32

プロジェクト・デザイン・パターン 企画・プロデュース・新規事業に携わる人のための企画のコツ32

糸井重里『ほぼ日イトイ新聞の本』

ほぼ日刊イトイ新聞の本 (講談社文庫)

ほぼ日刊イトイ新聞の本 (講談社文庫)

中川淳一郎『仕事に能力は関係ない。』

都築響一『圏外編集者』

圏外編集者

圏外編集者

影山裕樹『ローカルメディアのつくりかた』

ローカルメディアのつくりかた:人と地域をつなぐ編集・デザイン・流通

ローカルメディアのつくりかた:人と地域をつなぐ編集・デザイン・流通

以上10冊。
選書のためにパラパラ読みなおしてみて思ったけど、どれもふつうに面白いからみんな読むべきだ。
この並びで考えると、本がもともと置かれている文脈と違う感じになっていて楽しい。読書会やりたいなあ。

碑を見に行った

雑記

町のなかにある、もう誰も住んでいない地区に行ってきた。
当然だが、その地区周辺部もかなり過疎化が進んでいる。
だから、地域全体の活性化をしなければいけないということで、調査に出かけたのだ。

その誰もいない地区には、ずっと行ってみたかった。
どうしてかというと、そこに碑があるからだ。
いろいろな事情で、この場所から人間はいなくなってしまうけど、でもここにはたしかに人間が生きていた、そのことを残す。
そんなような文章が刻まれた碑がある。
ぼくは町史を読んでそれを知って、なんともいえないような気持ちになって、個人的に見ておきたかった。

一緒に行ったのは、津和野の仲間に加えて、SFC時代の仲間ふたり。
デザイン関係を手伝ってもらうから、現地を見たうえで仕事をしてほしいと思って呼んだ。

地区に入っていくと、事前に知っていたことだけれども、いくつか廃屋があって、それに心をやられた。
人が少ない場所はぼくにとってもう真新しくはないけれど、本当に誰もいなくなった地区は初めてだった。
誰かしらが住んでいる地区の廃屋と、本当に誰もいない地区の廃屋とはだいぶ違った。

f:id:seshiapple:20160802141408j:plain
photo by ramen

ぼくはわりかしずんずんあちこち見て回った。
なにが自分を突き動かしているのか自分でもよくわからなかった。
なんでぼくこんなに元気なんだろうねと大学時代の仲間にふと聞いたら、「ずっと退屈してるひとですからねえ」とひとこと言われた。

津和野の仲間は、宇宙人が地球のことを説明するみたいな口調でいろいろ教えてくれた。
「ここは学校だったみたいです」と言って案内してくれた場所は、うっそうと草花が茂っていた。
地面が平らで広々していることで、ここに大きな建物があったことがわかった。

平らな地面の先には細い水路があり、その水路の向こうに、ぼくが見たかった碑が立っていた。
町史で知ったときのものとはずいぶん変わっていた。
碑を覆うように草が生い茂っていたからだ。

実際に碑のところまで行って、碑文を読み上げた。
碑文そのものは、当たり前だが、町史と同じものが書いてある。
真新しいことはなかった。

必要な写真などを付近で撮影して、ほかにやることもないので、帰った。
帰りの道すがら、変な調子になって、饒舌に調査の今後の展望などいろいろなことを喋った。
そのとき喋ったことはあまりよくおぼえていない。
かつてひとがいて、いなくなった。そのことにあてられた。

人は死ぬ

雑記

このところ死への距離が近くなったことを感じる。
2年前に大学を卒業してから、同世代の友人知人が結構死んだからだ。

死んだひとは、ときどき酒を飲みに行くような関係だったやつが多い。
そういうひとに死なれると、何度も飲みに誘ってるのに毎度断られてるような気分になる。
もちろん、最初に聞いたときはショックだ。でも、時間が経てばそんな感じ。

ひとが死んじゃってつらいのは、彼は苦しかったんだろうと想像してしまうことにある。
自分が死にそうだったときのことなんか思い出して、そのしんどさと重ねてしまう。

自分はなにもしてやれなかった。
彼の死に方を聞いて、そう感じずにはいられなかった。
そういうふうに一度思ってしまうと、しばらく動けなくなる。

でも、安心できることもある。
死んじゃった以上は、きっともう、彼に悪い時間はやってこないだろうって。

あいつ最近みないな、忙しいのかな、くらいに思ってすごしたい。
どこか遠くに行ったのかもしれないって思うようにしたい。

自分がそっちに行ったら、また飲みにでもいきたい。
いまはまだそのときじゃないだけで、いつかそれはくるし。
会える日を──いまは積極的に待ってるわけじゃないが、待ってる。

花と雨

花と雨

鶴見俊輔『鶴見俊輔コレクション 1 (思想をつむぐ人たち)』

雑記

思春期の頃から鶴見俊輔を読んでいる。

長く付き合っているのに、未だに自分が彼のなにに惹かれているのかよくわからない。
ぶっちゃけ特にどこにも惹かれていないのかもしれないなとも思う。
惰性で読んでいる書き手のひとりかもしれない。

友達に乞食ってゲットした本書を読んで思ったのは、とにかく伝記ものや人物評がうまいなあということだった。
こんなに魅力的に他人のことをあれこれ言うことができるひともなかなかいないのではないか。
この本でも、椎名誠糸井重里天野祐吉坂本龍一などについて短く綴った文章はどれもイイ。

そういえば、鶴見俊輔による紹介を通じて出会った書き手はたくさんいる。
プラグマティストたち、本書でも取り上げられている戸坂潤など。

なんとなくググっていたら、鶴見俊輔は褒め上手で有名だったらしい。
確かに、先にあげた戦後の言論人についても賞賛の言葉が目立つ。
ぼくが彼らを読むきっかけになったのも、鶴見がうまいこと褒めていたからかもしれない。

女にフラれたとき友人に言われたこと

雑記

だいぶ前にある女にフラれて傷心しきっていたとき、友人が次のようなことを言った。

「きみがさ、そういう気持ちになるのもよくわかるんだな。かなしくって、なにもできない? そうだね、そう、なにもできないだろうよ。いままでちゃんとね、こう、やってたわけなんだから。そうなるよ、ふつう。でもまあ考えてもみたまえよ、あの女が……そうだな、これから10年とか経ってだよ? ブクブク太って、スウェット着て、テレビ見ながら煎餅ボリボリ食って、牛乳飲んでたら、どうだよ? そんなやつにやってやることなんてひとつもないね! って。そういうふうに考えればいいと思うんだな」

これは文章にすると圧倒的にひどい話なのだけれど(笑)、言われたときに謎の啓示を受けたような気分になった(上に書かれた文をぼくが支持しているわけではない)。
そして、そのとき自分が感じたことは──内容的にはなんの関係もないのだけれど、次の文章を読んだときの印象に似ていた。

「とにかく、ある晩、放送の前に、ぼくは文句を言いだしたことがあるんだ。これからウェーカーといっしょに舞台に出るってときに、シーモアが靴を磨いて行けと言ったんだよ。ぼくは怒っちゃってね。スタジオの観客なんかみんな最低だ、アナウンサーも低脳だし、スポンサーも低脳だ、だからそんなののために靴を磨くことことなんかないって、ぼくはシーモアに言ったんだ。どっちみち、あそこに坐ってるんだから、靴なんかみんなから見えやしないってね。シーモアはとにかく磨いて行けって言うんだな。『太っちょのオバサマ』のために磨いて行けって言うんだよ。彼が何を言っているんだかぼくには分からなかった。けど、いかにもシーモア風の表情を浮べてたもんだからね、ぼくも言われた通りにしたんだよ。彼は『太っちょのオバサマ』が誰だかぼくに言わなかったけど、それからあと放送に出るときには、いつもぼくは『太っちょのオバサマ』のために靴を磨くことにしたんだ ── きみといっしょに出演したときもずっとね。憶えてるかな、きみ。磨き忘れたのは、せいぜい二回ぐらいだったと思うな。『太っちょのオバサマ』の姿が、実にくっきりと、ぼくの頭に出来上がってしまったんだ。彼女は一日じゅうヴェランダに坐って、朝から晩まで全開にしたラジオをかけっぱなしにしたまんま、蠅を叩いたりしているんだ。暑さはものすごいだろうし、彼女はたぶん癌にかかっていて、そして ── よく分んないな。とにかく、シーモアが、出演するぼくに靴を磨かせたわけが、はっきりしたような気がしたのさ。よく納得がいったんだ」
フラニーは立っていた。いつの間にか顔から両手を放して、受話器を両手で支えている。「シーモアはわたしにも言ったわ」と、彼女は電話に向って言った。「いつだったか、『太っちょのオバサマ』のために面白くやるんだって、そう言ったことがあるわ」彼女は受話器から片手をとると、頭のてっぺんにほんのちょっとだけあてたが、すぐまたもとに返して両手で受話器を支えた。「わたしはまだ彼女がヴェランダにいるとこを想像したことがないけど、でも、とっても ── ほら ── とっても太い足をして、血管が目立ってて。わたしの彼女は、すさまじい籐椅子に坐ってんの。でも、やっぱし癌があって、そして一日じゅう全開のラジオをかけっぱなし! わたしのもそうなのよ」
「そうだ、そうだ。よし、きみに聞いてもらいたいことがあるからね。……きみ、聴いてる?」
フラニーは、ひどく緊張した面持で、うなずいた。
「ぼくはね、俳優がどこで芝居しようと、かまわんのだ。夏の巡回劇団でもいいし、ラジオでもいいし、テレビでもいいし、栄養が満ち足りて、最高に陽に焼けて、流行の粋をこらした観客ぞろいのブロードウェイの劇場でもいいよ。しかし、きみにすごい秘密を一つあかしてやろう ── きみ、ぼくの言うこと聴いてんのか? そこにはね、シーモアの『太っちょのオバサマ』でない人間は一人もどこにもおらんのだ。それがきみには分らんのかね? この秘密がまだきみには分らんのか? それから ── よく聴いてくれよ ── この『太っちょのオバサマ』というのは本当は誰なのか、そいつがきみに分らんだろうか? ……ああ、きみ、フラニーよ、それはキリストなんだ。キリストその人にほかならないんだよ、きみ」
サリンジャーフラニーとゾーイー』より

フラニーとゾーイー (新潮文庫)

フラニーとゾーイー (新潮文庫)

どこにでもえらい存在はいる。見ようによっては、不気味だけど。